フットボール選手をしていての楽しみとはなんぞや?を考えてみると、本気で優勝を目指してチーム全員で成長していく過程でのドラマを経験し、負けて泣き勝って喜び仲間との絆を深めて一生の友人となって大人になっていく。のようなのがあると思いますし僕自身もこれまで選手として関わったチームでは深い絆で繋がっている友人が幾人も居ますし彼らとの関係をとても誇りに思っています。
僕自身のお話ですと、大学時代は3部リーグで勝利をロクに味わわず社会人になってから成長し海外のプロに挑戦する機会を得ました。30代前半で肉体のピークを越えた頃にはスーパーボウルリング以外の殆どの目標と夢を手にし、精神力と体力の限界が来る日までほとんど遊ぶこともなく、休憩なしで上を目指して結構大変な日々を過ごしたわけです。これは非常に極端な例とも言えると思います。自身のことなので当たり前だと思っていましたが、現在では現役を引退し評論家兼指導者をしていますが「勝利こそ全て」を信じきっていた極端な思考を持つ者として「そうじゃなくても良いんちゃうん」という優しい発想を持つようになってきています。
勝利する為には神様や先人からありとあらゆる活動を強いられます。年間を通しての体づくりは食事に睡眠に限界を越えるレベルのトレーニングが必要で、作った体を強く動かす為の動作訓練、強く動けるようになった躯体をポジション特性に合わせたテクニックやスキルの習得。そして緻密な作戦会議で決定したチームプレーの遂行力と即興力の向上。チームを鼓舞する動きとトーク力。ひとまずはコレらが選手に求められる役割です。優勝や勝利のためにはこれだけのことを現役生活の中でズーーっとやらなければなりません。
所属しているチームの強さレベルは、ゲームを経てスコアボードに出た点数によって左右されます。勝利したい、上に行きたいという思いの差ではありません。選手ひとりひとりが上記の義務をどれだけ守り果たしてきたかの差です。あとは采配する監督やヘッドコーチの問題。それなりの戦略があり素晴らしいプレーヤーが多く居ても勝負に強い監督やヘッドコーチがチームを指揮していないと勝利することを邪魔されます。
「勝利こそ全て」はわかりやすくて目指しやすいですが、本当の意味では障害が多すぎて厄介ですし色々大変です。ほとんどの人が負ける側になるのが競技スポーツの常ですからね。
現在のリーグのあり方が高校生大学生に社会人ともに勝ったか負けたかでしか活動の価値を測れない仕組みになってしまっているので、ほぼ全てのチームが「勝利こそ全て」に影響されてしまっていると思うのです。勝たなくても俺たちは楽しいと仰る方もいるでしょう。全く勝てなかった大学時代の僕たちがそうでした。試合後に大人数でいつも行く居酒屋へ行ってどんちゃん騒ぎをしていたらお店の人が「楽しんでるなー!お前ら今日は勝ったんやな!おめでとー!」と言ってきました。当時の僕らは60点差で負けたのにゲラゲラ笑えるんです。とは言え本当は負けて悔しいのですが、勝ち方もわからないし勝つ為の練習方法もわからない手探りの状態でもがいていたのでとりあえず今を楽しむだけのレジャーになっていました。それはそれでとても楽しめたのですが、皆んなの心にはモヤモヤも悔いも残り「あきらめ」という境地に辿り着きました。
勝利するためには練習やトレーニングなどを強化しなければなりませんが、そもそも勝利など目指さずプレーフットボールを純粋に楽しむ事は出来ないのかな?という疑問が出てきました。学校時代に体育の授業でやっていたようなドッジボールやバスケットやサッカーにソフトボールだと、勝ったか負けたかなどその次の休み時間にはもう気にしていません。
体が大きかったり、強いチームで良い選手になればスカウトが来て有名な学校に進学できたり、大きな会社に就職できる、といった野望のある人も大勢見てきましたがその人らは「勝利こそ全て」を演じて夢を叶えれば良いと思いますが、単に楽しみたい人には独立リーグやシニアリーグしか受け皿はありません。
作戦を少しでも多く準備し、少しでもクオリティを上げておかないとボロ負けしてしまいますし、役割があまりにも分担されている競技特性上とても難しいのですが、例えるならオールスター戦のようにブリッツは無しだとかといったプレーの制約を作ったり、攻守蹴ともお互いが共通の作戦でプレーして準備の幅と奥行きを広げないようにすれば仲間になったばかりの人でもしっかり楽しめるのではないのかな?とか、いろいろ考えてしまいます。
僕自身は「勝利こそ全て」の考え方や実績を買われているのだと思いますが、過去も現在もプロの指導者として活動させてもらっています。でも「この選手は本気で勝ちたいと思ってないよな」と感じることがしばしばです。なんとなくチームに所属していたら極端に上達と勝利にこだわる鬼コーチが来てしまったという状況になった運の悪い人たちです。
フットボールは格闘技の要素を含んだ球技ですので、初心者がゲームを普通に楽しめるレベルになるのに他のスポーツより時間がかかります。この最低限の時間を経て基本を学んだ人であれば「勝利こそ全て」でなく「毎回楽しい活動」を選ぶ権利があるのではないかな?と思うんですよね。みんながみんな勝利に向かう必要があるんですかねー?
学生であれば最低でも週に1回ゲームをし、残りの数日を練習するか休みにするかに法律はありませんし、しょっちゅうゲームをしていけば自分で考えたりの時間も多くなり、練習でコーチに絞られるよりよっぽど上達するでしょうし。そして「フットボールが楽しい楽しい!」と部外者に話すと部員が増えるかもしれません。正式な大会で好成績が残せなくても活動自体を、プレーフットボール自体を面白いと感じ、資質に合った将来を見極めて「スカウトされたし俺は名門〇〇学院へ行って頑張る」「俺は医者を目指すので上では続けない」などと枝分かれしていくのは「勝利こそ全て」の組織でも結局は同じですもんね。
3分で考えたテキトーな思いつき案としては以下です
・作戦はリーグが管理しチームが勝手に増やせない
・キックオフ無し、パント無し
・チーム独自のプレーは1Qに1度だけ
・両チームの人数が同じになるよう多い方からレンタル
・ホーム側選手の家族は模擬店で飲食物やグッズ販売必須
・ゲーム後は反省会ではなく相手チームとの交流会
・ユニフォーム着用者全員がプレーしなければならない
・レベルの高すぎる選手と低すぎる選手のプレー数を制限
・それぞれには目じるしを付け咄嗟に判別できるようにする
・タッチダウン後のダンスの出来が良ければ1点加算
・審判は当日のくじ引きで両チームから選出
なーんて感じでいいじゃないですか。
今ある資産の中で最も楽しめる案を考えて真剣に究極まで遊ぶ。競技が競技なだけに重篤な怪我も起こり得る覚悟とその為の準備も、選手の家族が100%理解できるような説明も必要でしょうね。
10数年前に現役を引退してすぐのころ、関西の高校フットボール経験者が集うエキシビジョンゲーム「アンカーボウル」に部外者の僕が特別に招かれて参加したことを思い出しました。当日まで参加者がどなたかもわからず、プレーブックの配布も無し、全てのプレーは試合前練習中に口頭で決めてだいたいで動く即興ばかり。勝ったか負けたかもあまり憶えていませんが、あんな感じのフットボールばっかりでも良いのではないんですかね。プライドを賭けて学校名を前面に出して戦うことが最重要だと感じないのは、僕がそういう経験がないからなのでしょうけど。
まあ要するに勝利至上主義と言いながらそれほど頑張らず、負けた時は涙を流して悔しがる奴が嫌いなんです。勝ち負けばっかりじゃなく、フットボールをもっと楽しめる人が増えたらええですね。
さてさて電通もIBMも負けたら終わりのプレーオフに突入です。ランニングバックの活躍はあるのでしょうか?!非常に楽しみです。


