多聞コラム8apr2015_vol,86「ゴリゴリ多聞、自伝を語る41」アトランタでシューズに泣く

NFLヨーロッパ「アトランタキャンプ編」

1998年3月18日

朝からいつものバスに乗ったけど随分と長い時間移動するので怪しんでいたら知らないホテルに到着。個人動画の撮影だった。カメラの前で英語の自己紹介。急にやれって言われてもさすがに難しいわ。何とか持ち前のサービス精神とショーマンシップで乗り切りました。後日、1度見ましたが音声はカットされてました。なんやねんそれ!ふざけんな!

今日は日本人選手が所属していないバルセロナドラゴンズとのスクリメージ。雨で天然芝のグランドがぬかるんでいたせいもあり最後の1プレーだけ出場もインサイドゾーンでノーゲイン。パントのリターナーにも呼ばれたので入ったが全然ダメで二度と呼んでもらえませんでした。日本でもやってないのに出来るわけないねんけど。

さ、ミーティングも無いし軽く買い物にでも行って寝よっと。

1998年3月19日

チームのビッグスポンサーの1社であるDEICHMANNシューズ社が「victory」という景気のいいブランドのスパイクをチームに持ってきました。白の革製でなかなかカッコ良いデザインです。早速(お土産で手なづけてある)用具係に「28.5センチ前後持ってきて!」と頼むと「そんな小さいのあるかなー」と嘆いています。ようやく届けてくれたのが28cm。履いてみると足の形はぴったりです。アメリカ人らは口々にブーブー文句を言うてます。でも日本人の僕には意外とピッタリで、早速芝生に出て走ってみました。その途端、足首が「ゴキっ」と外側に倒れてしまいます。両足とも。もしかしてスパイクのピンが外側だけ抜け落ちたのかな?と靴底をチェックしたら規定の数だけちゃんとピンが装着されています。おかしいなあーと考えて、冷静にアスファルトの上に立ってみると、そのピンとピンの間隔が極めて狭く作られているのです。「インラインスケートのようだ!」という感想を当時の取材で叫んでいたのですが、こんなのでとてもじゃないがフットボールなんて出来ないよ!どうしよう?!自分の持って来たシューズを履くとリーグから罰金が科せられます。NFLから来ている連中は当然スポンサーが付いていて、罰金も肩代わりしてくれます。しかし僕の場合は現物支給だけのスポンサーですので、罰金は自腹です。確か2万ドルだったと記憶しています。払えるワケもないのでこの「ビクトリー野郎」を履きこなすしか道はありません。後日サイズを微妙に変更してもピンの幅は変わらない事も判明し、八方塞がり四面楚歌。とりあえずその日は英語がわからないフリして日本から持って行ったシューズで練習しました。明日からが心配です。でもそこは気にせず黒人キッカーのデニー君と近所のBarへ。酔ったデニー君から、ここには書けないNFL選手の私生活やタフさを聞きまくりました。クックック。さすがやのうナショナルフットボール。

《突然!最強RBへの道「用具編」》

フィールドを走る運動選手にとって、シューズは最も重要な道具のひとつと言えますが、足に合わないからと文句を言っても不満を持ってもどうしようもありません。やれる事はただひとつ「慣れる」のみです。自分の感覚を変えてこのシューズに対応し、適応していくしか生き残る道は無いのです。

当時の僕は今まで慣れ親しんできた日本製シューズや外国製有名メーカーのシューズを、試合やトレーニングのあらゆる場面で少しでも自分にとってプラスに働くように、とてもとても気を使っていました。足へのホールド感、地面とのグリップ力、その時々に応じたクッション性、地面とのダイレクト感、重さや軽さ、ソール部分の強度や剛性にねじれ特性、紐を通す穴の間隔やピッチ、自分が体感出来る部分での「靴の役割全て」に注力していました。

試合会場の芝の状態やクッション性、雨天等、また当日の自分のコンディションに合わせて、靴底を10分の1ミリ単位で削ってチューニングをします。スキーヤーがその日の気候や雪質に合わせて滑走面に施す手入れと同じ感覚です。毎試合毎試合そのフィールドで一番自分が動きやすいと「思える」ようにシューズを作りこみます。平日に少しお願いすれば会場の中に入る事など簡単ですし、どのようなフィールドなのかを把握せず試合するなど考えられませんでした。

靴の内側にも詰め物をしたり色々カスタムを施します。現在では中敷きをオーダーメイドして自分に合わせたりする事が当たり前ですが、これも実際は自分の感覚がどれほど敏感で、現代の科学や運動生理学の理論などとどれだけマッチする自然な感覚を持っているのかが重要だと思います。でも、結局は「自分が本番で一番納得して安心できる準備をする事」が大切なのです。靴底をほんの1ミリほど調整してタッチダウンがいつもより5本多く取れるハズが無いのですから。

しかし、実力がヤル気に到底及ばない頃の僕は、心と体を鍛えて、ユニフォームや装具を少しでも小さく、且つ軽量化し、服の生地が体のレンジオブモーションの抵抗にならないよう改造した上で遠目からは実際の体重より小さく見えるような工夫を凝らしてばかりで、フットボールインテリジェンスや技術の向上には目を向けていませんでした。

このようなヤル気だけある理解度の低い下手くそが、体力と精神を使い切るほど試合に出場することが無かった訳です。たまに出場した時に緊張せず慌てず恐れず練習したプレーを遂行する為には上記のような「細かすぎる事」にでも執着して少しばかりの安心を得るしか無かったのです。

そんな状態の臆病者のヘタレが、外国に出て用具係やトレーナーに微妙なリクエストを英語で告げる事も出来ず、与えられたサイズの合わないような用具で、生活と未来を賭けてプロのアメリカ人とフットボールをしなければならなくなったのです。外国へ遠征するので事前に試合会場の状態を把握することなど全く不可能ですしね。

この日を境に僕の「用具感」というか「フットボール感」がガラリと変わります。本番で安心出来るのは用具の繊細なフィット感ではなく、リーグに通用する総合力を持つ事である。と心底気づき、それを得ようとします。リーグに通用する総合力があれば、芝目が長かろうが短かろうが、雨だろうが雪だろうが、靴や服のサイズが合ってなかろうが、怪我してようが病気だろうが、ツルツル滑る靴だろうが、他人の靴だろうが、そもそもそれらが全部「些細なこと」なのです。靴底の0.5ミリと同じ重みしか無いのです。

目標は「ランニングバックの達人になる」事。達人になれればわざわざイチイチ気合を入れたりせずとも、今からやることに対して達人なわけですから結果もおおよそ達人らしい結果となるはず。

毎日の練習で、敵も味方も11人全て揃っているのは人生で初めての体験です。初心者の下級生やど素人が居ない11人なのです。それどころか、過去に経験した中ではレベルが最も高いことは言うまでもありません。なにしろスクリメージに入るのが怖くて仕方ないのですから。

これだけの実力差をあと10日のキャンプで埋められるとは思えないし、その後の10週間10試合の暮らしでどれだけ「達人」に近づけるのか?

文章に書くととても抽象的な目標に感じられるでしょうが、自分としては非常に具体的で、やるべき事が明確な毎日を送れそうでワクワクしてきました。コーチの指導もあり毎日毎日右肩上がりで実力が伸びてきていますし、これまで鍛えた体を十分に使えるようにもなってきています。ようやく前が開けたというか進むべき道が見えてきました。自分にはあとどういう事が足りていなくて何が必要なのか? が変なスパイク「victory」のおかげでハッキリしたのです。

絶対に上手くなって日本に帰ってやる。たとえアメリカ人に通用しなくても、彼らのプレーを少しでも真似できれば、100分の1でも技術を盗むことが出来たなら、日本でも活躍できるに違いない! 大好きなフットボールを今の日本で最も高いレベルで毎日練習できる環境に居て、筋肉痛やタックルの恐怖に怯えていたのではもったいない。弱い心をしっかりコントロールして「上達まっしぐらや!」と意気込む僕でした。

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