多聞コラム26july2014_vol,50「ゴリゴリ多聞、自伝を語る15」 三武ペガサス最終学年

三武ペガサス最終学年

三武ペガサスで学んだ事

チーム理念:風林火山(ミーティングルームの壁に大きく貼ってあったのでたぶんコレがチーム理念だと思う)

【試合に負けても己は負けるな】

スコアボードでは負けたとしても自分自身は相手に勝っていたのかどうかを考えろ 逆に試合では勝っても自分が負けていては意味が無い

【勝てば何でも良いのでは無い 美しくカッコ良く勝て】

敵にブチ当たられて尻もちを付いて「相手の侵攻を少しの時間でも稼いだのだから良し」とはしない 美しくカッコ良く勝ってこそ勝利

【味方を信じろ】

自分達は人生の安定を求めてこのチームに入団したのでは無い 勝ちたくて勝ちたくて日本一になりたくてどうしようもない者だけがアメリカンフットボールの事だけを真剣に考えて毎日を過ごす集団である 味方を信じるには信じてもらえる自分になること

【心を安定させよ】

良いプレーや悪いプレー、勝負に勝った負けた、暑い寒い、痛い辛い嬉しい悲しい、そんな事は常時起こり得るわけで、イチイチそんな事に気をとらわれず今すべきコトに集中せよ

【その選択が最良かどうかはチームメイトが決める】

自分がどう感じてどう思ったかではなく仲間がどう思ったのかが重要

【ユニフォームをセンスよく着こなせ】

ユニフォームのシワや汚れ、ほつれなどもってのほか お客様や敵に見られている事を忘れず身だしなみには細心の注意を

もちろんこの他にもたくさんの重要な事をたくさん学びました。そしてこの「訓」を監督やコーチ無しで実践していた事が凄いと思います。

今の僕は当時の彼らより約20歳ほど年齢が上です。もしも今、昔に戻れるならばあの三武ペガサス球団の監督(又はヘッドコーチ)として時代を遡りたいと強く思います。熱い気持ちだけでガムシャラに暴れていたオールジャパン級の猛者共を率いてライスボウルの舞台で・・・と、考えただけでワクワクします。なぜあのチームにコーチや監督が居なかったのか、今の僕にはわかりません。フットボールに不可欠な闘志や技術、経験のあった彼らをフットボールのフィールドで生かし切れなかった組織力が悔やまれます。あと少しのメンバー補強とゲームマネジメントがあれば1部リーグ昇格はもっともっと簡単だったと思います。バブル崩壊直後で不景気になって行く途中でしたが、いかに練習や規律が厳しい社会人チームと言えど、夢を持った人は全国に沢山居ただろうし、勝てば勝つほどペガサス球団の魅力を感じてくれる人が増えて行っただろうし、あと10人の戦力あればニッポンのフットボールを変えられたハズです。

しかし現実のハナシとしては、この年のオフ期に結婚し私生活の安定(プロのスポーツ選手は早期の結婚が成功には必須であるという説を信じていた)を図ったものの、少数精鋭のチームなのに主力選手の大半が引退や退団で居なくなり、新人も数名加入してきたが未経験者も含まれていたりして前途多難。僕自身もチーム内でも古株の上級者となり、ランニングバックだけでは済まされず守備もやるハメに。

学生時代、守備に関しては全てのポジションを経験していたとは言え,RB以外のポジションは特に上手くなりたいワケでも無く、興味の無い仕事では情熱も湧きません。そしてまた春のトーナメント「Jr,パールボウル」を勝ち進み4年連続の決勝戦進出となりました。我々ペガサス軍団と春の決勝で当たったチームは全てその年の秋に1部リーグに昇格するのが当り前になってきています。1年目は鹿島ディアーズ。2年目はさくら銀行。3年目である昨年は東京海上。そして今年はその東京海上に入替戦で負けて落ちて来た三菱電機ソシオテックスです。

前半リードするも後半にサラッと逆転され敗退。4年連続決勝戦で負ける。自分達を当時のスーパーボウル4連敗のバッファロービルズに重ね合わせて慰め合っているのが関の山なダメ集団になってきていました。秋のシーズンも散々で入替戦へも届かない中途半端な結果となり終了。自身はシーズン途中に肩を負傷し、最終戦の住友銀行戦でも足首に怪我を負うという結果となりました。チームも自身も過去最悪の結果を生み、「もうこのチームでは勝てない。去るしか無い」と考えるようになっていました。

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