念願のお店「タモンズバー」を試合日である日曜日に開店させ意気揚々と初日の営業を終えました。しかし明日は普通の平日「月曜日」です。前に所属していた高槻市サンスターグランドの近くに引っ越しているので職場までは電車を使って1時間と少しかかります。早朝の通勤ラッシュに揺られ出勤。午前中は神戸市のオフィスで仕事をこなし、そのあと車で1時間以上かかる大阪の北摂エリアに点在する取引先に向かいます。
昼食をゆっくりレストランで食べる金銭的な余裕はありませんので少しの栄養を摂取し、状態の良い公園などで45分ほど1人で走りこみをします。走るフォームをチェックする日、体力アップを目指す日と色々です。シャツを着替えて午後1番に取引先に顔を出し、仕事の打ち合わせ。道路建設会社ですのでその後現場で測量などを行い夕方会社に帰って製図したり積算したりで退社時間の17時が来ます。残業禁止の会社でしたので17時10分には電車に乗り大阪で最も大きなターミナル駅「梅田」に出ます。そして駅前のフィットネスクラブでウェイトトレーニングとカーディオトレーニングを2時間強こなし20時に「タモンズバー」をオープンさせます。アサヒ飲料の選手を中心にその友人らで毎日賑わっていました。そして彼らも終電には帰るので店は0時に閉店。僕も終電で帰宅しすぐに寝る!というスケジュールです。僅かですが利益も出て、普通の30歳くらいの収入に手が届く感じになって来ました。
4週間後に控えたプレーオフに向け、アサヒ飲料は対戦相手もわからない状況だし休息も必要だと言う事で1週だけオフになりました。久しぶりの土日オフでこことばかりに商売に打ち込みました。当時を振り返って考えると、何もかもが順風満帆で闘争心やチャレンジ魂、ハングリー精神が薄れていました。それだけが自分の武器だったのに、少しばかり結果が出たからとそこそこ満足して居ました。
リーグ戦から2週間後、アサヒ飲料の練習が再開されたのですがココで大アクシデントが発生します。自称守備の要であるラインバッカー(LB)の山田晋三が大怪我を負い、試合出場は不可能と言う診断です。守備とキッキングで持ちこたえて肝心要なところでサクッと点を取りロースコアの根性勝負がアサヒ飲料のスタイルなのにこれは大変だ!となりますがいかんせん当時はあまり晋三の性能の事は知らなかったので「ガリガリの関学OBが怪我した」くらいに考えていました。
試合前日にアサヒ飲料グランドで練習をしているとそのグランドを見下ろす形でかかっているバイパスを通る観光バスの窓が開いて居て「ヘイヘイヘーイ!」なんて言いながら大勢が手を振っているではありませんか。シーガルズ関係者のバスです。僕も含めて皆も呆気に取られました。もう相手に飲まれている感じです。彼らがどこからどこに移動して居たのかわかりませんが、こんなことがあり得るんだなと感心しました。
そして試合当日になりました。僕が敵のフィルムスタディをあまり参考にしない理由になった大きな原因となる試合になります。フィルムで見ている限り、動きの速さや強さはそれほど見えません。関西では見られない隊形で特殊な守り方をしていることぐらいしか特徴は見えません。あとは全員がいつも元気で走って走って追いかけまわす。と言う印象です。とてつもなく強いことは理解して居ますが「どう強いのか?」が僕の洞察力ではフィルムからの情報だけじゃ理解できないのです。戦ってみてタックルをされてみてから分析をするスタイルを取るようになったキッカケでもあります。
ですからガツン!っとぶつかってみて、どんなものなのか体感してみるしかない!と腹を括って勝負の時間になりました。スコアボードこそ16-21となんとかカッコつきましたが、僕自身は完全に雑魚扱い。まるっきり走らせてもらえませんでした。攻撃パターンの少ない僕らアサヒ飲料オフェンスは相手の戦い方の全てを予測してシュミレーション練習を繰り返します。しかしその仮想シーガルズ守備は本物リクルートと全然違うものだったわけです。動きの速さ、タックルの強さ、闘争心と、これまで出会った日本のチームではナンバーワン。凄まじい強さがありました。走る隙間があるように感じて突っ込んでも何重にも警備体制が敷かれてありあっさり捕まります。見えたのは抜け穴ではなく罠なのです。何度か挑戦しましたが全然ダメ。通用しません。敗戦後の取材で「シーガルズの守備はスクリーンとかフェンスのようだった。どこに逃げても捕まる。何をやってもどんどん人が集まってきて走らせてもらえなかった。一から出直します」と悲しく話す僕でした。
個人記録 12回28ヤード タッチダウンなし
