week2 at London
NFLヨーロッパ
世界選手権の盛り上がりも終焉し、我々ファンも普段の生活に戻りました。で、僕がお店に立っていて、お客様からよく質問される事があります。それは「アメリカのレベルってどんなの?」「NFLヨーロッパってどんなレベルなの?」「NFLはどうだった?」「NFLに日本人はいつ入れるの?」というアメリカ人のプロはどのようなレベルなのか?日本の選手とどの程度の差があるのか?という内容です。
この場合、残念ながら「絶望的な差がありますよ」と答えています。但し、日本人(や東洋人)という人種や体躯の強さ大きさが絶望的なワケではありません。オリンピックなどの世界大会で通用している人は沢山存在していますし、プロスポーツの選手もかなりのものです。彼ら全てがフットボールを愛し、楽しみ、NFLでの活躍が家族全員の夢であり目標なのだ!となれば、NFLとの契約どころか大活躍する日本人も大勢出て来ることは間違いありません。それは野球界が証明しています。大型の人間同士がコンタクトするスポーツなので野球よりは大幅に分が悪いという考え方も成り立ちますが。
しかし悲しいかな日本のフットボール界は中学より高校、高校より大学の方がチーム数が多いという逆三角形のピラミッド。若年時から他のスポーツに人員を取られ過ぎており、それらを何らかの理由で辞めた人や運動未経験者が多く集まる仕組みです。これでは弱肉強食の理屈がイマイチ成り立たず、トップ層での競争は殆ど無いのが正直なところです。ですからライバルが少ないので上級者は無敵となりつつも伸び悩み、井の中の蛙となる。今回のようなアメリカ人との対決ぐらいしか自身を奮い立たせてくれるゲームも目標もなく、結局歳を取り引退。
このような寂しい状態の業界で、たとえトップ選手だろうと「アメリカ人の夢と誇りと文化」が詰まりまくったNFLに潜り込むのは容易ではありません。世界選手権でプレーした日本選手が、アマチュアを寄せ集めたアメリカ人チームとの試合で体力的に猛威を振るった、大和魂でアメリカ人を震え上がらせた、スピードで目立ちまくっていた、というような場面は殆ど見ることが出来ませんでした。そんな日本を一蹴した彼らでもNFLには相手にすらされていないのが実情です
ならばどうすれば良いのか? 「スポーツのレベルはその国の人気と正比例する」という偉い人が出した方程式に則り、人気スポーツにしていく努力が必要です。コレを読んでおられるようなフットボールがお好きな方々が率先して、生活のあらゆる場面でフットボール愛を表現し続ける事がまず誰でも出来る事だと思います。「巨大なスポンサーを見つけて100億円出してもらおう」だとか「総理大臣になってフットボール以外のスポーツを法律で禁止にしよう」「主人公はフットボール選手という人気ドラマを!」と言う寝ぼけた夢が叶う確率は極めて0%に近いわけです。
その為に、古き良きフットボールを思い出し、自分たちに素敵な体験や仲間を作ってくれたフットボールに恩返しを!という思いで関学OBのホリコ氏がSNS上に「日本アメフト復興会議」というものを作られました。こちらの働きで大学OB対抗のフラッグ大会が大盛り上がりしています。今は単なる大同窓会ではありますが、皆さんがフットボールを思い出しご家族やご友人に「昔フットボールをしていたんだ」と思い出させているのです。これも人気スポーツになる為の大きな1歩です。
6000名以上の会員全員がいつもフットボールのグッズを1つは身に付け、1日に1度は必ずフットボールの話をする。今はそれしか出来ないかもですが、小さな啓蒙活動はフットボール愛に満ち溢れた人にどうか継続してもらいたいですね。ちなみに僕は大学時代からずーーーっと派手な啓蒙活動を継続しています。
そうする事で、逆三角形のピラミッドが正しい形に変化していくハズです。かつて自分が大きなチャンスを目前にしていながら逃してしまった魚はとても大きなものでした。そんな僕がナショナルフットボールリーグで日本人初のラッシングを記録する日が来ます。このファーストステップからまだ日本は2歩目を踏めていないのではないのかな。と感じています。「タモンがその時にNFLへ行けなかったからやろが!」というご意見もわかるのですが、僕ではとても無理な世界だと感じていました。確かにランニングバックとしては最も近いかもしれませんが、月に行く為には最高のロケットが必要なのに、垂直跳びの高さを競っていてはどうにもなりませんでした。
1998年4月11日土曜日(week2 at London)
ゲームデー。ホテルからバスに乗って15分ほどで会場に到着。フィールドの周りに陸上のトラックが無く、観客席が非常に近い設計。西宮球技場やエキスポ、関東なら駒沢第2のような球技専用場です。もちろんサッカー用の。しかし今回は対ロンドンモナークス用の練習で一切スクリメージに入れてもらえず、出場の見込み無し。キッキングのみに集中するしかない予定でした。
しかし試合終盤にまさかまさかで名前を呼ばれ、ニヤついてハドルに。チームメイトも「ウヒヒヒーファンブルとかすんなよー」という半笑いの目で僕とアイコンタクト。そしてインサイドゾーンでボールをキャリー。3回連続でキャリーしファーストダウンを取り、もう1プレー。自分だけしかわからないけど日本記録樹立。4回11ヤード。
しかしザコなのでPLAY BY PLAYの集計ではアメリカ人選手と間違われているところがありました。そして遥か海を越えたロンドンまで、ドイツからファンクラブのみなさんも大勢いらしてて、出待ちして下さっていました。「ナイスランだったよー」「よかったねー」なんて大勢のファンに寄ってきて頂き、本当に嬉しかった。試合後はそのまま解散で、コーチや選手らと一緒に色んなBARをはしごし、行く先行く先でラインファイヤーのファンクラブ(ファンクラブはいくつもあり、それぞれにチーム名がある)が宴会しており、大歓迎を受け、ビールが自動的に手渡され(タダ!)ます。せっかくのロンドンですがアメリカ人選手とドイツ人ファンに囲まれバドワイザーを飲むといういつも通りの夜となりました。円からドルに、そしてそれをマルクに、マルクをポンドに両替をしているので、メニューを見ても日本円でいくらなのかが全くわからない上に、硬貨やお札もどういう順番なのかもわからないままベロベロに酔うて「ロンドンタクシー」なるものに乗ってホテルに帰りました。初遠征は無事に楽しく終わりました。
