多聞コラム2oct2014_vol,60 「ゴリゴリ多聞、自伝を語る24」阿部世界行けるぞって!なに!?

 前話から少し時間をさかのぼります。1996年度。サンスター1年目のシーズンが終わるや否や、新聞にとんでもない記事が出ていました。「阿部!世界行けるぞ!」という見出しで、京都大出身、先日の日本選手権「ライスボウル」で最優秀選手賞(ポールラッシュ杯/後に僕自身も受賞)を獲得したばかりのトップスターである阿部拓郎選手が、NFLの下部組織である「ワールドリーグ(WORLD LEAGUE:後のNFLヨーロッパ)」のテストに他2名(関学OB池之上貴裕さん、京大OB伊藤重将さん)とともに合格した!という記事です。しかも彼ら以外に10数名程も受験していました。関東での開催でしたが、このような試験が開催されるとは全く知らなかった僕は本当に驚き、そして受験すら出来なかった不運を悔やみます。関西圏からの受験者は居なかったようなので、関東だけで秘密裏に開催されたのかな?いや待て、阿部拓郎選手は京都大やから関西圏在住やないか!おかしいぞこんなん!という思いで次週のサンスターの練習でコーチに新聞記事を見せて「コーチ、関東でこんなテストがあったようです。なぜ僕らには知らされなかったのでしょうか?おかしくないですか?」と話した所、返事はこうでした。「ああ、それなー。受ける人居てるかー?て案内がチームに来てたけど誰も居らんと思うて放っといたわ。あれ?オマエ受けたかった?」でした。アホかこいつ。なんでオマエが決めるんじゃボケ。と思いましたがチームでもホケツの僕が受験した所で受かる筈もありませんし、もう済んだ事ですから仕方ありません。

あまりにも遠くに君臨し輝きまくっていたアメリカのプロフットボールが向うから降りて来てくれたのです。こんなチャンスを逃す手はありません。日本選手権で大活躍する。という目標は置いたまま、このプロフットボールを目指せば所属チームの強弱に関係なく自分のチカラと熱い思いを表現出来るかも!と考えたのです。

まず新聞やフットボール専門誌の取材記事を読み漁り、テストの内容をチェックしました。40ヤード走や基礎的な体力を見た後に各ポジションでフットボールの動きをチェックされるという事くらいしかわかりません。いずれにせよ「足が速く」「体は大きく」「国内で敵無し」が絶対条件だという事くらいはわかりました。阿部拓郎選手は約190センチの巨体でライスボウル覇者。その他の合格者も100キロを越える大きさ。尚かつ日本のフットボール界ではその名を知らない者は居ない超有名な実力者。強くて速くて賢くて巧い。しかしボールを持つ役割の選手(ランニングバックやレシーバーなど)は残念ながら合格者無し。とは言え受験者の中にはランニングバックとしてオールスター戦で活躍する有名選手もいました。いくらサンスターが強豪とはいえチーム内でもレギュラーではない僕ごときでは全く太刀打ち出来ない事は簡単に理解出来ました。

では何をすべきか? 太りやすい体の徹底的な整備は当然として、40ヤード走のタイムを少しでも速くする。くらいしか今日からスグにやれる事が見当たりません。幸い三武ペガサス時代から継続している100mスプリント走の練習は日常的に行なっているので、トレーニング方法を少し変化させれば良いだけです。走る距離を短くするのです。

100mスプリント練習ではまず高速時のハイギヤード走行でのロスをいかに無くすか?を非常に重要視して訓練します。思いっきり走ると50mを過ぎた頃からスピードがかなり速くなります。クルマと同じでアクセル全開ですから自動的に最高速が出ます。自分の出せる最高速で走る事は日常では殆ど無いので普通は慣れていません。なのでスプリンター以外は高速域での走行が非常にヘタクソです。ブレーキをかけた状態で走行すると言うおかしな現象になってしまうのです。着地時に抵抗が多すぎては高速域での伸びは期待出来ない走り方になってしまうのです。坂道を下る車輪の如くスムーズに抵抗を少なく両足を回転させ、重心は高く高く出来るかどうかが非常に重要なのです。

が、40ヤード走では違ってきます。この高速域が無い訳ですから練習しなければならない種類は減少します。その分「スタート」「低速」「中速」「ゴール」だけに集中出来る訳です。スポーツに於ける技術や考え方は科学や人間の進歩によって「その時代で最も正しいとされる事」というのはどんどん変化します。短距離走でも同じ事が言えます。流行もどんどん変わってきています。我々は陸上選手ではありませんが、陸上選手と同じ能力を持った上でフットボールをするのがマナーなわけですから、当然陸上選手と同じだけの練習をしなければなりません。知識は最新の雑誌やハウツー本、関係者などから貪欲に情報を収集(まだ携帯でネットは出来ない時代)し、自分に合った答えを自分なりに見つけて、「これなら挑戦出来る!」という部分を探し当てる所から始まります。

オートバイや自動車の運転を楽しむのがお好きな方でないとわかりにくい例えで申し訳ありませんが、練習方法としてはまずスタート練習として最初の3歩のチカラ配分と足をつく位置を練習の中で決めて行き、その後の4歩目5歩目で中速へのシフトアップを用意し6歩目から2速にシフトアップ。そして歩目に3速に入れてそのまま引っ張って40ヤードをゴールするのかロスを覚悟で4速に入れてからゴールするのか。各ギヤの特性と自分のエンジン部分である体の都合や調子、上達具合で色々変化し、1日に300回程度ですが毎日毎日繰り返します。

たかが40ヤード走ですが、前出の阿部拓郎選手らと同じ舞台に立とうとするならば、どんな細かい事でも徹底的に突き詰めて詰めて詰めて、それでもおそらく足りないワケです。やってやり過ぎる事は無いでしょう。

40ヤード走がNFLや米国に於いてとても重視されるのは様々な意味がありますが、多くの日本人アメフト関係者はこう言います「40ヤードなんか早かっても意味ないねん」と。この変な言い伝えに邪魔はされたりしたものの、メキメキと40ヤード走のコツを掴んで行く日々は自分の成長を体感出来、あのワールドリーグというなんだかわからない世界を目指して必死でもがき苦しむ日々は、上級者になった後のフットボール人生よりも圧倒的に面白かったなと後になって感じました。毎日毎日「これ以上絶対出来ない。オリンピックのメダリストでももう倒れるハズだ」と思える程の過酷な鍛錬の日々を送りながら、サンスターでは相変わらず「プレーを憶えられないド素人」という位置づけでベンチをしっかりと温めていました。

1996年の僕は、フットボールの理解力向上と1部リーグの考え方を脳みそに叩き込む作業、そしてワールドリーグ合格に向けての体力作りに全てを賭けていました。もちろんあの新聞記事はラミネートして会社の営業車に常備して毎日何度も何度も見てはヤル気を奮い立たせていた事は言う迄もありません。

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