多聞コラム5sep2014_vol,56「ゴリゴリ多聞、自伝を語る20」ファイニーズで秋の公式戦

 サンスターファイニーズの雰囲気は三武ペガサスと全然違う。ミーティングでは、意見を持つ者がそれぞれ思い思いに発言し、時にはコーチまでもが冗談を言ったりで和やかなムードの中でしっかりと関学京大イズムで会議が進行して行きます。場所が狭いせいでもありますが、おにぎりを頬張りながら寝転んでコーチのハナシを聞く選手も居ます。「はい」しか言う権利が無い厳格な三武ペガサスでは考えられなかった事です。

しかし笑いながらのミーティングでも、選手起用から役割分担など徹底した規律があって、それを殆どの関係者が全てを理解して、コーチの考えをフィールドで出すという僕にとっては斬新なフットボールでした。当然ついて行けません。

先日の立命館パンサーズとの交流試合も、試合開始直前まで「うーんうーん」と悩みながら暗記用単語カードにプレー名と自分のアサイメントを書いたりして必死で憶えました。でもご想像通りそんなレベルで記憶していても本番でチカラを発揮するのはとても難しいです。「ミスったらどうしよう?」「サッパリ思い出せない時は誰かこっそり教えてくれるかな?でもそんなん聞いたらアホってバレるな」なんて考えてたらプレーが始まってしまいオロオロして逆方向に行っちゃったりスタートが遅れたりになってしまうのは当然です。但し、自分がボールを持つプレーは簡単ですから間違えたりしません。そしてココで「多聞はボールを持てば少しマシだが、ブロックとプロテクション、そしてプレー理解度に難あり」という印象をチーム全体に与えてしまいます。もちろん自分自身にも「苦手意識」が芽生えてしまいこれがしばらく続いてしまいます。

そして夏の合宿でも驚きの連続です。専用の天然芝グランドがある事は先に書きましたが、その近くにサンスター社の保養施設と言うか宿泊施設があるので100名近くの全員が体育館のような場所に布団が用意されていてザコ寝するのです。しかしヒトリッコの僕はゴリゴリの重低音でイビキ大合唱のオッサンらに混じって就寝する事が出来ず毎夜家に帰るという合宿でした・・・。

そして何とこの合宿では、「3食分の補助金(朝食500円+昼食1000円+夕食2000円とかだったように記憶しています)」と「交通費+高速代」というものがその日に現金で貰えます。尚且つクラブハウス内には大量のオニギリやフルーツが業者から届いており自由に栄養補給して良いのです。

選手数が多く層も厚いので、交代メンバーが沢山居ます。なので出番が来たらどの人間も全力で最大限の速度とパワーを発揮し、かなりのクオリティーで練習や紅白戦が運営されています。三武ペガサスでは人数が少ない為に、体力の温存の為、勝負所でしか本気を出さないというイビツなプレースタイルが当り前(作戦変更などではなく単なる休憩の為にタイムアウトを取る事もあった)だったのでこれも斬新な取り組みでした。何はともあれ、70名程の大所帯でフットボールをした事が無かったので、練習中に前の人のプレーを見て、順番待ちをする、という通常ではアタリマエな事にイチイチ感激していました。

そしていよいよ1部リーグのデビュー戦がやってきました。対するは関西興銀ブラックイーグルス。タッチダウンは出来ず3回12ヤードのチンチクリンな成績が、夢に見た1部リーグでの記録でした。そして2戦目にアサヒビール飲料ワイルドジョーに敗戦します。チームとしては過去の戦績から勝って当然なつもりで臨んでいたいたようで、ショックはとても大きなモノになりました。この後にマイカルベアーズ、そして松下電工が控えています。もう一戦も落とせない(のはいつも同じですが)ので、2軍以下はスクリメージ練習に参加させられなくなった。君たちはそれ以外で自分を磨いてくれ。というチームからお達しが出ます。つまりもう試合にもロクに出られないというワケです。今の実力からしたらやむを得ませんので勿論甘んじて受け入れます。いつかこういう時に「オマエが頼りだ!」と皆から思ってもらえる選手になるぞ!と今回の件を具体的な目標に置き換えた事は言う迄もありません。

しかし接戦でなければ&複雑なプレーでなければ練習していなくても大丈夫なので、後半以降に出場機会は与えられました。ある時は、3回60ヤード2タッチダウンというかなりグッドな成績を残せた事もあり「突進力」だけは評価の対象になっていたので、出来ない部分は自分の中でもあまり気にせず、得意な部分の精度を上げていこうと若干の進路変更もしました。

そしてイワタニサイドワインダーズ、千趣会フューチャーズに勝利したのですがマイカルベアーズには敗北。松下電工戦を残して3勝2敗になってしまいます。しかしアサヒビール飲料は我々に対してはマグレ勝ちだったようでこの時点でリーグ戦を終了しており2勝4敗。サンスターにもファイナルへの道が残されたのです。

波乱の1部リーグデビューイヤー。ホケツのホケツですがそれなりに同い年の選手が多く居たりで、たまのオフには皆で野球をしたりと、苦しいだけのフットボールではなく、楽しくシーズンを過ごしていました。

タイトルとURLをコピーしました