多聞コラム21aug2014_vol,54「ゴリゴリ多聞、自伝を語る18」 三武卒業とシルバースター落選

三武卒業とシルバースター

1部リーグで活躍したいが為に東京に出て来て、ペガサス球団でタフな毎日を送っていましたが、今の自分ではどうにも出来ない理由でチームを去るしか方法が無くなりました。しかし辞めると言っても当時はまだ殆どのチームが三武ペガサスと同じで、社員100%の実業団チーム。クラブチームは殆どありません。まずは社員として入社させてもらい、そしてフットボール部に入る。という手順になります。または唯一の強豪クラブであるシルバースターか。

そこでチームの首脳陣との会話です。

多聞「どうしてもテレビ放送のあるレベルのステージで。つまり1部リーグでプレーをしたいのでペガサスを辞めたいと思います」

首脳陣『オマエの気持ちはわかっている。こちらとしても強いチームに出来なかった事をお詫びする』

多聞「はい。そして必ず社会人の決勝戦(*1)で優勝をします」

1)当時は社会人決勝が日本で最もハイクオリティなボウルゲーム。その次に甲子園ボウル。よってライスボウルはお祭りという位置づけ。

首脳陣『そういうボウルゲームに出るダケじゃ駄目だぞ。そこで思いっきり活躍するんだと約束するなら辞めさせてやる』

多聞「はい。必ず決勝戦で大活躍する事を約束します」

首脳陣『そうか。わかった。頑張れ。』

というやり取りがあり、ひとまず会社には残り、三武ペガサス球団を卒業する事になりました。

ところが三流大学を出て、会社勤め経験の無い(*2)スキンヘッドのヒゲを入れてくれる会社は残念ながらありませんでした。オンワード、リクルート、東海銀行、すかいらーく、マイカル、といった幾つかのチームには三武側からコンタクトを取ってもらったりしましたが、「今年度は不可能。来年度もしかしたら・・・」という回答が最良で、他は全くダメでした。まだまだ到底1部リーグで活躍出来る実力ではありませんでしたし、仕方ありません。

2)スーツや革靴は持っては居たが、入社式、花見、平日開催の試合、冠婚葬祭、ぐらいしか使っていないのでサラピンのまま。電話の出方や名刺交換のマナー、一切知らないままの26歳。ヤル気しかないバカ。

そうなると残るはクラブチームであるシルバースターを目指す事になります。志願している事をシルバースターの方に伝えると、「三武に勤務しながらではダメ。まず会社を辞めてから来なさい」という回答でした。大慌てで次の仕事も決めないまま三武を退職し、シルバースターの門を叩きました。川崎球場での練習に参加しても良いという事だったので早速意気揚々と乗り込みました。テレビで見たスターばかりがウヨウヨと居るモノ凄いチームです。当時のナンバーワンランニングバック野村選手(拓殖大)は優しく色々と話しかけて下さいました。

そして練習が終わり、僕は不合格(*3)を言い渡されます。足も遅いしランニングバックとしては不要だ、ラインマンとしてなら練習生で入れてやらないでもない。と言う事です。入れてくれないなら三武を辞める前にテストをしてくれれば良いのに、というか1日で何がわかるんじゃ!!と悔やんでも時既に遅し。最悪の事態です。

3)何年か後に田センパイも受験しに行ったらこう言われたそうです「三武は駄目」。不思議に思い、コレはどういう事かと検証したところ、三武のセンパイらがシルバースターに入部すると言っておいて三武ペガサスを作っちゃった事を根に持っているらしい。と。という事は僕はその巻き添えを食ったってわけですね。入部させないと最初から決めていて会社を辞めさせたワケやね?ほーオモロいやないけ。という結末です。

この事を野村さんに話した所、「まずはラインでも良いからチームに入ってその後ポジションを変更するという手もあるんじゃないかな?」と仰って頂きましたが、自信のあるランニングバックでも落選するのに、未経験のポジションを最強のチームで出来る筈が無いのはわかりきっています。僕の出した答えは「シルバースター入団はあきらめます」でした。野村さんにもそのように報告した所、「そうか。仕方ないね。でもいいか多聞。何でも良いからイチバンを目指すんだぞ。そうじゃなきゃ絶対ダメだぞ。お互い頑張ろうな!」と励ましの言葉を下さいました。

さてここでドコのチームにも所属していない浪人生となった僕はとりあえず自主トレをして毎日を過ごします。当時は神奈川県の逗子(*4)に住んでいたので、海岸線を走り込んだりしたのを思い出します。

4)憧れの湘南エリアで東京に通勤可能なギリギリの場所として選んだのが逗子でした。ランニングで鎌倉や由比ケ浜へ行き、ヒトケの無いマリーナや駐車場でスプリントの訓練などをしていました。

三部リーグの弱小大学出身で雑誌に出るような有名選手ではない事は、これほど門が狭くなるのか。フットボールをトップレベルのチームでプレーする難しさを痛感します。そんな名も無い僕(*5)を快く受け入れて下さった三武ペガサスの懐の深さがあったからこそ僕がフットボール界に入る事が出来たんだとこの時に強く感じ、感謝の気持ちでイッパイでした。辞める時の誓いはこの後の僕のフットボール人生で大きく意味を成します。どんなにしんどくても辛くても「ペガサス球団全員の想い」を日本選手権に持って行く為に。

5)田センパイは僕の事を「ゴキブリ」と呼んでおられた事を思い出します。避けるかなと思ったら急に向かって来る。という意味もあるそうです。

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