1999年3月12日
いよいよ練習開始です。スネが痛くならないように「飛ばし過ぎずシッカリとやる!」をテーマに臨みます。しかしさすがプロチーム。初日からいきなりスクリメージがプランされています。ニッポンのシーズンインだと、カラダの準備が出来ていない意識低い系の人が多数存在するためイキナリ試合形式の対戦メニューなど催されません。下手するとしばらくの期間は走ったりだけの軽い練習が続いてしまいます。全員集まらないと頑張れない心の人が多いからだそうです。僕にはよくわからない心理ですのでそういうヘタレとは関わらないように心掛けております。
で、当時の僕は「意識高い」がウリの選手ですので抜かりなく準備はできています。いつでも試合が出来るコンディションで渡米してきています。
1999年ラインファイヤーオフェンスの作戦は昨年と半分以上同じですし、覚える事も少なく勝負に徹することが出来そうです。攻撃側のコーチは昨年と全員同じ人で、声や話し方にも慣れていますからコーチらが話す英語の理解度も高く、リスニングに多大なエネルギーを使用せずともちゃーんとプレーに結びつくので、何をやってもソコソコうまくいきました。
選手というものはコーチに高く評価されてこそ生きる場所が与えられます。実際の実力はどうあれ、評価する側のコーチにその能力を見てもらわなければ全く意味がありません。そこにはスピードやパワーといった計測できる事はもちろん、良いプレーをするかしないか、情熱や熱心さ真面目さ、その他色々が合わさって「評価」となるのは言うまでもありません。
ニッポンと本場米国のコーチでは評価方法も基準値も違います。アメリカ人に情熱的でない人は少ないですし、日本人にはコーチの言うことに逆らう人が少ないように、国民性も違えば何もかも違います。ただ僕も今年はアメリカ人とのフットボールも2年目。昨年度に手痛い洗礼を無数に浴びていますのでウッカリミスは犯しませんしアメリカ人が「何を嫌がり何を好むのか」もかなり勉強させられましたのでしっかりと知織化されています。
他のポジションも同じかもしれませんがランニングバックRBにとって重要な「早い」「強い」「上手い」「賢い」をコーチに感じてもらうには?それを彼らがどのように見分けているのか?どこを見てそう感じるのか?を勉強してきたつもりです。
しかし細心の注意を払ってばかりいて「賢さ」の一端はアピールできても、肝心の「早さ」「強さ」が疎かになっては意味がありません。「ココだ!」と言う時の「ココ」をしっかり理解しておき絶対にフルスロットルで駆ける事が無意識に実行出来ていなければいくら俊足でもコーチ達にとっては「いうほど早くない奴」となります。
僕のように小柄でも(アメリカ人と比較して)地面からの力と自分の体重、そして推進する速度をしっかりと調整してから激突すれば、吹き飛ばされるような事はありませんがこれも無意識にやれていてこそ「チビやけど当たれるやんけあの日本人」と思ってもらえます。根性決めて一大決心した結果強く当たれた。のでは疲れているゲーム中や長いシーズンに希望はありません。
走る早さとバーベルを挙上する事だけはこの時すでにアメリカ人に引けを取っていないので、僕はそもそもこの部分でしか勝負する資格がありません。上手さや賢さではNFL選手と比較にならないのです。圧倒的な差があり、まあ残念ながら夢も希望もありませんでした。
ラインファイヤー1999のランニングバックはこんなメンツです。
元デンバーブロンコスで昨年このチームのエース
サンディエゴチャージャーズの3本目
マイアミドルフィンズの3本目
デトロイトライオンズの3本目
ドイツリーグで活躍中のナイジェリア人
そして僕の合計6名。
元デンバーの選手は今年でラインファイヤー3年目のエースで、リーグ戦が開催されるドイツ国内でも超スター選手なのでアメリカでのキャンプではクビにはなりません。どう言う契約かは未調査ですが、とにかく手抜きでもなんでも絶対にクビになりません。ナイジェリア人と僕はドイツで出場しなければならない契約なのでこれまたクビになりません。ですからあと1枠を3人のNFL選手が奪い合うのです。
インサイドゾーンという中央を走るランプレーがありますが、その動きにはとても細かくコーチから指示が出ます。しかし身長が165cmくらいの小さな選手も居れば185cmも居ます。エースが185cmですので歩幅やタイミング、移動する距離も彼に同調していかねばなりません。1歩目2歩目3歩目はここに足を置け!なんて指示され少しのズレがあっても「タモン、それ狭いゆうてんねん!」「それは広すぎる!」「遅い!」と注意されます。それは他のNFL選手らも同様で最初の慣れないうちは毎プレー注意を受けます。
しかし10分も経てばもうコーチのイメージする走行レーンを完全にトレース出来ているのです。歩幅の違う選手はそれなりに違う動きで、時間的なタイミングもコース取りもピッタリです。僕は幸い昨年度に散々練習しましたし日本に帰っている間にも練習をしていましたので、今年はそれほど問題なくクリアし強さや早さに意識をフォーカスせずともコーチから「ヨシ!」が出ました。
これは僕が最近若い選手らにコーチする時に最も時間を費やすことの一つです。NFL選手は少しのレクチャーで対応して来たのに対し、日本の選手は凄まじい時間を使わねばマスターできません。毎回同じ動きを再現するという体の使い方がアメリカ人と比べて劣っているのでしょう。これをタモン式RB養成所では「素振り」と呼んでおり、いつどんな時でも確実に同じ動きができるようになるまで反復してもらいます。コーチの用意した作戦を遂行するためには、スイス製高級腕時計のように正確に動き続ける事が大切です。その自動運転が出来て初めて「闘い」や「勝負」に意識を集中できるわけですから。
僕自身もこの時30歳。常識で考えればプロスポーツを始める年齢ではありません。もちろんあわよくばうまく事が進んでNFL入り出来れば良いなと思ってはいますが、どだい無理な話なのは百も承知で海を渡って来ています。昨年度のシーズンでアメリカ人のフットボールから勉強した事をほんの少し使っただけで日本のリーグである程度成功できました。
今年はもっともっとNFLのフットボールを徹底的に学んで日本に輸入してやるぞ!!という1歩引いた気概での挑戦になっています。NFL選手の魂を込めた1プレーがどれだけ凄いモノなのか知る者の中の1人として、このコラムやコーチ活動で普及して行きたいと思っています。
しかし微塵も惹かれてくれない若者も多く存在する現実に苛まれています。