1998年10月18日。Xリーグ西日本、秋リーグ4戦目に僕たちアサヒ飲料と戦うのはサンスターファイニーズ。2ヶ月前まで僕が所属していたチームとついに試合をする事になったわけです。
試合会場はいつも通りの長居球技場(現:キンチョウスタジアム)です。僕がサンスター所属時代はオフの日に仲良く草野球やバーベキューなどで遊んだ友人らが敵となるわけです。それどころか急なチーム移籍の事情を公にしたのは今回のこのターンオーバーが初めてで、殆どの周りの関係者には移籍の理由は「タモンの気分」「タモンのワガママ」「タモンの気まぐれ」と思われていた筈ですのでいわゆる「裏切り者扱い」だったわけです。
会場入りの際に顔見知りに笑顔で「ウイース久しぶりー!」なんて軽口で近づいてもジロリッと睨まれて無視です。あららら。そんな感じね。なるほど。と言うことは今考えればサンスター守備は「裏切り者のタモンだけは走らせるな!」みたいなモチベーションでコーチがペップトークしていたのかもしれません。
前回キチンと仕事したからか、今回もスターティングメンバーに抜擢して頂きました。この試合でサンスターに対して、海外プロ経験で身につけた全てを発揮(反映/表現?何か適切な言葉ありますでしょうか?)したくてたまらない僕はこれまで以上に平日から体調を整え準備万端で当日を迎えています。お天気にも恵まれほどよい気温で最高のフットボール日和です。
試合が始まりサンスター守備陣が凄い気合いです。我々に良いプレーを全くさせてくれません。キッキングで取った1TDだけのリードで前半を終えました。7−0。後半に入り14−0になったところでサンスターが得点しました。一緒にやっていた時は存在が邪魔で邪魔で仕方なかったスーパーランナーであり僕にとっての目の上のたんこぶ、神戸大OBの井場がやはり一発ロングゲインTDで一矢報いて来ました。
これで14−7。あと1本でアウトになってしまうアサヒ飲料サイドに緊張が走ります。サンスター側は盛り上がっています。アサヒ飲料は勝ち続けてはいるものの、逆転につぐ逆転で接戦をモノにした経験はなくいつもリードを奪ってからの勝利でしたので「ヤバい!」という時間を経験していません。もちろん僕もトップリーグでマトモな戦力として働くのは今年が初めての経験ですので逆境に耐える精神力は備わっていません。尚且つ昨年度の「アサヒビール飲料ワイルドジョー」から今年の「アサヒ飲料チャレンジャーズ」に変わってから公式戦(春のトーナメント)で唯一黒星をつけられた相手がこのサンスターです。前年度プレーオフ出場チームの試合巧者にこのままヤラレてしまうのか!?気まずい空気がベンチ内に漂います。
試合前の練習場で「サンスターオフェンスのプレーブック(作戦の書いてある資料)が3年分ほどあるけど必要か?」と守備リーダーの上田拓(現IBM)に一応聞いてみました。僕がNFLヨーロッパに行っている間に発行された例のブ厚い奴も含んでいます。僕が全く覚えられずクビになった原因となったアレです。当時のエックスリーグは移籍という文化がそれほど無く、プレーブックの回収なども厳格ではなかったのでこのような事が有り得たのです。しかし上田は「それはヤメておきます。見たいけどダメ。それは男らしくない」とあくまでスポーツマンシップを貫きました。
しかしこのヤバい状況!!無理矢理にでも見せておけば良かった!!と僕は後悔しますが後の祭りです。今僕が出来る事は残された時間内に少しでも前に進んでスコアする事だけです。まだ当時は新入部員ですのでリーダーシップも無く、単に年長のレギュラー選手という立場でしたので皆んなを鼓舞して盛り上げる!なんて技も使えません。
試合終了まで残り2分。これまで何が何でもインサイドに切れ込む走りに徹して来た僕に色気が出ました。右のパワーオフタックルとコールされたハドルが解けたあとFBの進藤(東海大OB)が「中にブロックするから」と合図して来ました。僕らはニヤリと笑って構えます。この試合ここまでで僕がボールを持った18回でたったの1度もボックスの外側に出ず我慢していましたがここで開放です。「今回も中に切れ込んで時間を消費しようとする」と予想したサンスター守備陣はインサイドにタックラーが集まりました。それを見てFB進藤が打ち合わせ通りいつもと逆向けにブロックし、僕は外にバウンスアウトしたのです。そして35ヤード先のエンドゾーンへ飛び込んで勝ち越し。アサヒ飲料の関西リーグ初制覇が決まりました。クビにされたチームに勝って優勝が決まる。嬉しすぎます。
長い選手時代に多くのタッチダウンをしましたが、この時のタッチダウンも「嬉しいタッチダウンTOP5」に入るものとなりました。
試合で活躍した翌日のスポーツ新聞に中村多聞の文字や写真がデカデカと載りいよいよ「社会人王者」という夢のまた夢の世界で輝いていたトロフィーがだんだんと見えて来ました。
こんな調子でトントン拍子な20世紀末を楽しく過ごしています。長かった下積み時代の鬱憤を晴らすような活躍を、イッキに味わって最高の気分です。個人的なリベンジも果たし、チームからの期待にも応えることの楽しさとスリルにどっぷりです。