多聞コラム7nov2014_vol,65「ゴリゴリ多聞、自伝を語る28」ニューオリンズでオリバーラック

 ワールドリーグのトライアウトには残念ながら合格出来ませんでしたが、高い評価をいただき手応えを感じた僕は、翌日から次回のトライアウトに向けて1年計画を立てます。ランニングバックがあそこまで「パスキャッチ能力」を求められるとは思っていなかったので、まずはパスキャッチの研究からです。最新NFLのビデオを何度も見て、プロのキャッチ技術を頭の中だけでも盗もうとします。捕るか落とすかでしか「パスキャッチ」というものを考えたことがなかったので、改めて見たプロのパスキャッチは凄い技術の集大成なのだと認識しました。しかしこの技術向上も、時間をかけていかねばならないのは当然なので、イメージトレーニングなんかで時間を費やすことが多かったです。グランドに出なくとも目を閉じて集中するだけで、電車の中でも出来るわけですから。

ある昼間にトレーニングから戻ると家の電話がなります。出ると、男性の声で。

ガ『中村トモコさんいらっしゃいますか?』

多聞「いえ、出掛けてます」

ガ『実は、中村さんが懸賞に当選されたのでご連絡いたしました。ご主人ですか?』

多聞「はい。なにに当選を?(なんの詐欺やろか?まあ最後まで聞くか)」

ガ『はい、2万名以上の応募者の中から当選なさいました。スーパーボウル観戦ツアーです』

多聞「(昔のアメリカで指名手配犯を呼び出すアレか!なんやねんこいつ)あ、はあ。。。」

ガ『行かれますよね?いま、一緒に行かれる方のお名前を教えてください。ご主人が行かれますか?』

多聞「(うわ。コレマジやで!)はい!行きます!なんの懸賞?」

ガ『はい、NFLでお馴染みのガオラです。奥様からご応募いただいたんですよ』

多聞「おー!素晴らしい行きます。僕が同行します。名前は中村多聞です」

ガ『え?!多聞さん?あ、これ多聞さん?!ウソ!不正したみたいになってしまいますやんか!でもホンマに今、2万人から選んだんですよ!』

多聞「いやいやアカンで!行くで!あとはよろしくお願いします!」

というやりとりがあり、ワールドリーグには参戦できませんでしたが、貧しい我が家に幸運が降ってきました。1人70万円とかのツアーがペアで当たったのです!

会社にお休みをもらい、行ってきましたルイジアナはニューオーリンズ。スーパードームです。バーボンストリートです。そのうち飲食店をやってやるぞ!と目論んでいたので、お手本となる看板やメニューブック、店舗レイアウト、とてつもなく久しぶりの米国メインランド旅行で山ほどの情報を収集してきました。日本ではなかなか見つけられないレコード盤もいくつか買いました。

そしてウロウロしているとタッチダウン社の後藤さんに偶然お会いしました。少しお話ししていると、「明日、ワールドリーグのコミッショナーと会う約束があるので、お前来ればいいじゃないか。挨拶しておけよ」と仰っていただき、当然僕は翌日会いに行きました。待ち合わせ場所は高級なホテルのロビーで、元NFL選手などがウロウロしています。

そこでコミッショナーと大阪トライアウト以来の再会を果たします。まだ1ヶ月も経っていなかった事もあり、僕のことを覚えていてくださいました。そして僕はこう質問します。「どうすればあの試験に受かりますか?残りの300日をどう過ごせば受かりますか?僕には何が足りませんか?」です。するとコミッショナーは『そのままで良い。コンディションと気持ちを維持していれば良い』と答えられました。ほんなら合格させろや!というウィットに富んだ英語を偉いおっちゃんに言える筈もなく「はい。頑張ります」とだけ言って写真撮ってもらい帰りました。

このコミッショナーは、オリバーラックさんと言って、オイラーズでウォーレンムーンのバックアップQBだった方。そしてお気付きの通り苗字がラック。コルツにドラフト1巡1位で入団したアンドリューラック選手のお父さんなのです。まあそれがどうしたっちゅうハナシですけど。

スーパーボウル観戦はそれなりにしっかりと楽しみました。パッカーズがペイトリオッツを下し久々に優勝。レジーホワイトが何連続もサックして、キックオフリターンでタッチダウンしたデスモンドハワードがMVP受賞のゲームです。1997年1月の事でした。

「そのままで良い」なんて言われて気を良くした僕は帰国してからも節制に節制を継続し、エックスリーグ春のシーズンに入ります。

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